エンジニアの息抜き

登山、旅行、読書、ランニングを趣味で楽しんでいます。

越前大野市探訪

2026年7月20日に実行しました。

前日に荒島岳縦走を果たしたものの、タクシー確保未達、疲労、酷暑を加味して経ヶ岳登山を取りやめ、宿泊地の観光に舵を切りました。

今回訪問した場所の内、越前大野城、城下の武家屋敷イトヨの里を紹介します。

 

1.越前大野城

ー歴史、沿革ー

  • 織田信長に仕えた武将金森長近によって、1573~1592年間に築かれた平山城で、4年の歳月をかけて完成した(大野郡の一向一揆収束の恩賞)
  • 築城当時は2層3階建ての大天守、2層2階の小天守を備え、二の丸・三の丸を配し、外堀・内堀を巡らせた堅固な構えであった
  • 築城した金森長近は、のちに北陸小京都と呼ばれるまちづくり(短冊状の城下町)を行った人物としても知られています
  • 1775年に火災で焼失し、以後は天守を失った状態が続いた
  • 江戸時代には土井利房が入城し、以降は代々土井氏が城主を務めた
  • 現在の城は1968年に再建されたものです

ー見どころー

  • 気象条件によっては晩秋から春にかけて大野盆地全体が雲海に包まれ、越前大野城だけが浮かんで見える幻想的な光景が見られ、天空の城として注目されています
  • 竹田城備中松山城と並ぶ天空の城の一つとされるが、この現象が見られるのは年間10日前後と希少です
  • 雲海に浮かぶ城の姿は、越前大野城から約1kmの犬山から眺めるのが定番です
  • 戦国時代の築城資料や大名が使っていた道具、平成の発掘調査で出土した遺物などが展示され、大野城のあゆみをわかりやすく紹介しています(書物、甲冑、武具、火縄銃、婚礼道具、陣羽織、食器など)

ー所感ー

城への登りは十分な木陰が確保できる遊歩道が各方向に整備され、真夏でも歩きやすいです。出会う方出会う方が積極的に挨拶され、気持ち良かったです。登城に際し、800円で今回紹介のスポットを含む市内7か所の施設の1日券を購入できます(単独では400円)。内部の展示物は残念ながら撮影できませんが、やはり現物は貴重なもので、そのようなものが保存されている日本は捨てたものではないと感じます。最上階からは360°の展望が楽しめます。天空の城はいつかは見てみたいです。

越前大野城登り口

城門

土井利忠像

荒島岳

金森長近像

大野城全景

池に映る城

城から見た荒島岳

入城し、最上階から市内を眺めてみます。

犬山(越前大野城の撮影スポット)

越前大野市街

荒島岳

大野盆地

2.旧田村家

ー歴史、沿革ー

  • 田村又左衛門家は、初代央俊が1759年に本家から100石を分けられて分家したことに始まります。1773年には三の丸に屋敷を拝領し、「三の丸田村」と呼ばれ、本家「大田村」と区別して「小田村」とも呼ばれました
  • 二代目俊強は1837年に大野藩の家老を務め、1839年には200石から300石に加増された上級武士でありました
  • 現在の建物は1827年の大火で類焼した後、矢村の農家を移築し、武家住宅に改築されたものです
  • 主家は県内でも数少ない近世の武家住宅の遺構であり、大野藩上級武家屋敷の様相を留めている貴重な史跡として、大野市の文化財に指定されています
  • 2010年に田村家より大野市に寄贈され、その後2年間の解体・修復を経て一般公開が始まりました

ー見どころー

  • 庭園東側にある築山は、越前大野城を築城した金森長近が外敵の侵入を防ぐために外堀に沿って造らせたと言われる土塁の一部で、大野市内でここだけ現存する貴重なものです
  • 江戸末期の大火後に農家を移築・改築した経緯から、建物に入るとすぐ武家屋敷らしからぬ土間と囲炉裏があるのが特徴的です
  • 期間限定でカラフルな風車棚が設置され、写真スポットとして人気を集めています(今回撮影しませんでしたが、風が吹くと風車が回り、涼を感じます)
  • 庭園の石組も見どころの一つで、庭に点々と置かれている踏石は東尋坊の石が使われています

ー所感ー

城から下山して最初に訪問しました。当時の武家屋敷ということで、銃を始めとする調度品を見物でき、非日常を味わいました。築山も言われてみれば珍しいものだと改めて感じます。最後にあれだけインスタ映えする風車の写真をなぜ撮らなかったのか、今となっては分かりませんが、やはり自分の中で武家屋敷に似つかわしくないと感じたのだと思います。

入口

囲炉裏端

築山

和室

3.旧内山家

ー歴史、沿革ー

  • 大野藩主土井利忠は行き詰まった藩財政を立て直すため、「更始の令」と呼ばれる改革令を出した
  • 内山七郎右衛門良休・隆佐良隆兄弟はこの藩政改革に尽力し、殖産興業・人材育成など各種の事業で成果を上げた
  • 良休は藩営商店「大野屋」を開設、銅山経営など経済面で手腕を発揮し、多額の借財に苦しんでいた藩財政を立て直し、1860年に家老職に就いた
  • 隆佐は蝦夷地開拓の推進、洋式帆船「大野丸」の建造、蘭学の振興、軍備の刷新等を行い、1863年に家老職と軍事総督を命じられたが家老職は辞退した
  • 現在の屋敷は、この兄弟の偉業を偲ぶために、後の内山家の屋敷を解体復元し保存したものである
 ー見どころー
  • 母屋・離れに加え、味噌蔵、衣装蔵、米蔵、門といった建造物一式が国登録有形文化財となっている
  • 苔の美しい数奇屋風庭園が見どころで、隠れた名園として評価されている
  • 母屋は2階建てで、いろりのある台所や2階の物置なども見学でき、当時の暮らしぶりがよくわかる構成になっている
  • 夏季には涼しさと日本らしさを感じられる「城見障子」が期間限定で設置され、冬季には色鮮やかな絵障子が数寄屋風書院を彩る

ー所感ー

田村家以上に豊富な財力があったことを調度品のみならず、蔵が3つあること、屋根裏天井の曲線美(当時の技術では相当な難工事)、城見障子から推察できます。調度品や囲炉裏端、浴室など生活に根差した部屋も良かったですが、城見障子からの大野城の姿が庭や部屋と調和し、非常に見ごたえがありました。

内山家入口

リボルバー

煙草盆

庭園

内山七郎右衛門良休肖像

掛け軸

囲炉裏端

浴室

箪笥

城見障子1

城見障子2

城見障子3

 

城見障子4

屋根裏納戸

屋根裏居室

味噌蔵

味噌蔵内部

衣装蔵

衣装蔵内部

米蔵内部

4.イトヨの里

ー歴史、沿革ー

  • 本願清水は淡水型イトヨの生息地として1934年に国の天然記念物の地域指定を受けた湧水で、織田信長の武将金森長近が城下町を整備する際に町用水の基点とした場所です
  • 陸封型イトヨの生息地の南限として国の天然記念物に指定されている。
  • イトヨ生息地を市の貴重な財産として保護・活用し、大野の水文化を発展継承するため本願清水イトヨの里が開館しました
  • イトヨは大野市の豊富な湧水を象徴する魚として、市が「市の魚」に指定し、生息環境の保全に取り組んでいます

ー見どころー

  • イトヨを水中から観察できるコーナーがあり、外の池を建物の中から観察できます。
  • 館内の観察窓からイトヨの様子をそっと覗くと、じっとしていれば間近までイトヨがやってきて、行動をじっくり観察できます
  • 「イトヨの里」には約6千匹のイトヨが生息しており、昭和の高度成長期の環境変化という危機を乗り越えて命をつないできた歴史があります

ー所感ー

 国の天然記念物でもあるイトヨは水温20℃以上で弱るため、寒冷地や地下水湧水エリアかつきれいな水でなければ棲息できません。寿命が1年しかないため、1度の環境変化で絶滅のリスクがある大変貴重な魚です。水面の上から鑑賞することでも十分楽しめますが、館内の側面から見る水槽は非常に見ごたえがあり、良い試みだと思いました。いろいろと楽しむとともに勉強になりました。

イトヨの里看板

イトヨの里正面

本願清水外観1

本願清水看板

イトヨ(上から)

本願清水外観2

館内水槽入口

水槽1

水槽2

水槽3

イトヨ生息地の説明

越前大野市は観光スポットが市内にコンパクトに集まっており、非常に観光しやすいです。市内循環バスもありますが、徒歩での観光も十分に楽しめます。市内各所に清水があり、きれいな地下水が湧いています。飲用での水質を保証するものではないとのことですが、飲用されている方も多数おられました。
昼食は洋食マシェリを利用しました。老夫婦が営む洋食屋で多くの旅行者の受けが良いとのことで、訪問しました。ボリュームと手を加えた山菜料理が添えられており、満足しました。

マシェリ外観

ヒレカツ定食

半日の観光でしたが、清水が市内各所にあり、うだるような暑さの中、涼を感じつつ楽しめました。

御清水

御清水

昼食後、電車の便が悪いため、バスで福井東口に行き、ハピライン福井で敦賀へ、サンダーバードで関西に戻りました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

下唯野駅~中出~小荒島岳~シャクナゲ平~荒島岳~越前下山駅縦走

2026年7月19日に実行しました。暦の上での3連休の中日と最終日を登山に割り当てようと計画しましたが、天気予報がなかなか定まらず、直前の土曜日に北陸方面に焦点を定め、宿を確保して荒島岳経ヶ岳登山に最終決定しました。荒島岳は27年前の日本ダービーの日に勝原コースのピストンで登頂したことがあります。

なお、今回の休暇の第一希望は八ヶ岳、第二希望は大台ヶ原大峯奥駈道でしたが、長野県関西南部も予報はいずれも雨、北陸方面のみが晴れマークになっていました。

神戸方面から早朝の阪急大阪梅田へ、サンダーバードハピライン福井を利用して、福井へ、そこから越美北線で東に進んで行きます。宿は越美北線沿線では最も大きな町である越前大野としました。2日分の登山服と着替えがあり、荷物が重いため、越前大野駅でコインロッカーに荷物を預け、タクシーで登山口に向かう予定でしたが、休日はタクシーが2台しか無いようで、チャーターできず、結局重い荷物を背負ったまま下唯野駅からの登山開始となりました (10:35)。しかも最高気温は36℃以上と過酷な環境となりました。

下唯野駅

中出までは一般道で田圃の間の道路を通っていきます。小荒島岳を見ながら進んで行きます。

麓から見た小荒島岳

一般道なので、かなり飛ばし気味に中出まで進んで行きました (10:58)。

中出

ここからは舗装された林道を進んで行きます。舗装路ではありますが、勾配はそれなりに大きいです。途中野上氏の碑がありますが、勉強不足で存じ上げません。この写真にも写っていますが、この山域はアジサイ、コアジサイが多いです。

野上氏の碑

駐車場が見えてきました。水場にもなっているようです (11:10)。後悔先に立たずですが、ここでペットボトル1本を飲み干し、水を入れておけば多少足しになったのではないかと思っています。

駐車場

駐車場からは砂利道に変わり、勾配が更にきつくなります。程なく登山口が見えてきました (11:14)。

中出コース登山口

ここにも熊の注意喚起があります。ここからの登りは相当な覚悟が必要です。そもそも下唯野が標高220m、駐車場が標高350m、小荒島岳が標高1186m、荒島岳が標高1523m、実に1300m以上も登ることになります。これがいかに大きな値であるかというと、上高地の標高が約1500m、槍ヶ岳穂高岳の山荘のある稜線の標高が約3000m、歩行距離のファクターを除き、標高差だけで比較すると大差なく、むしろ標高の低い場所でのこの標高差につき、暑さの観点ではより過酷と言えます。これは新潟の魚沼駒ケ岳中ノ岳八海山の縦走時でも同様で、標高300m程度の場所から標高2000m超えの登山になり、地元の方は「信州の山は大したことない」と考えているようでした。

まずは小荒島岳までの急登を標識を追う形で紹介します。樹林帯を進みますが、所々直射日光の攻撃を受け、体力を削がれます。27年前は若く、荷物も軽く、勝原コースのピストンとコースが相対的に楽、更に5~6月であったこともあり、休憩なしで行きましたが、今回はまめに給水休憩をとりました。

山頂まで5㎞ (11:32)

登山道

山頂まで4㎞ (12:07)

山頂まで3.5㎞ (12:23)

部子山

山頂まで2.5㎞ (12:55)

小荒島岳山頂標識、バックに荒島岳 (12:58)

いやー、参った。猛暑もありますが、やはり荷物の重さが堪えているようです。デイパックなら30分以上は早く、しかも遥かに楽に到達できたと思っています。飲み物も準備はしていますが、コース内に水場が無いのも活力不足につながったと思います (冷たい新鮮な水、本当に活力になります)。バックに荒島岳が見えますが、まだまだ標高を稼がなければならないことを考えると、気が滅入ります。一方で、こちらは360°の大展望です。

経ヶ岳

能郷白山

さて小休憩をとり、更に進んで行きます。ここからももちろん急登は続きます。やがて以前通った勝原コースと合流します (13:19)。

勝原コースとの合流点

勝原コースとの合流点

ここからは急登に加え、鎖場、ロープ、ラダーが連続します。過去に滑落死も一定頻度で発生しており、注意するべきポイントです。

階段1

ロープ1

ロープ2

山頂まで1㎞ (13:33)

この辺り、熱中症の初期症状としての足の痙攣も生じてきました。水分、塩分を摂りつつ、マッサージも併用して奮起して登っていきます。

ロープ3

ラダー2

経ヶ岳が見えてきました

小荒島岳を見下ろす

ロープ4、コアジサイも観られます

山頂まで0.5㎞ (14:01)、山頂も見え、勇気づけられました

最後の登り

再び経ヶ岳を見る

白山方面、上の方が雲に覆われており、山容が見えにくくなっています

能郷白山方面

足の軽い痙攣に苦しみつつも、景色と笹の勢いに励まされながら何とか頂上に到着しました (14:18)。

荒島岳山頂標識

ランチの残りを済ませるとともに、改めて山頂からの360°の眺望を楽しみます。また山頂付近はお花畑が広がっており、高山植物の宝庫になっています。

大日ヶ岳方面

新下山コースへの路

お花畑1

お花畑2

能郷白山

山頂の祠

お花畑3

お花畑4

お花畑5

お花畑6

お花畑7

お花畑8

さて、越前下山方面に下山します。水分、塩分補給に加え、休息も取りましたが、足と身体は本調子ではありません。最初は笹の広がる中に整備された路を通っていきます。

大日ヶ岳方面

越前下山方面

やがて植物の生育により路が塞がれていきます。

路が塞がってきました

マクロのルートを意識し、踏み分けながら進んで行きます

大日ヶ岳方面の展望が開けてきました

経ヶ岳その他が見えます

下山路を見下ろします

九頭竜湖が見えてきました

鍵掛山その他

景色が楽しめるのは前半の1/4~1/5程度、ここからは樹林帯を急下降していきます。中出コース以上の勾配で、滑落注意区間もあるので、スピードを抑えながら降りていきます。

ロープ1

鎖1

疲労、のどの渇き、足の異常と闘いながらも何とか下山できました (16:13)。

コース全般標高差が大きいことも手伝い、急登、急下降の連続で、山頂標高の割にはかなりハードなコースと言えます。滑落リスクのある区間もそれなりのウェートを占めるため、健脚かつ熟達者向けと言えます。自信が無い方は登りか下りに勝原コースを採用すると良いと思います。

さて、九頭竜温泉に向かいます。温泉の駐車場に念願の自販機があったため、富士山の天然水500mlを立て続けに飲み干しました。3本目を購入しようとすると売り切れになったので、温泉の入口に向かいました。

温泉の石碑

温泉の建物

アルカリ温泉でつるつる、内湯と露天風呂があり、水風呂と組み合わせて休憩込みで1時間20分程度滞在しました。ここでも富士山の水を2本飲み、更にノンアルコールビールを1本飲みました。非常に気持ち良かったです。

heiseinoyu.com

一方で、翌日のタクシーの予約が取れそうにないこと、靴擦れが深刻であること、疲労もかなりのレベルであること、翌日も猛暑が予想されていることから、翌日の登山はキャンセルし、せっかくの機会と捉え、越前大野市街を散策することにしました。
さて、越前下山駅に戻ります。

新下山コース案内図

越前下山駅

越美北線車輛

駅の周りの農地

越前大野駅に戻りました。

越前大野駅

飲食店もスーパーも閉まるのが早いので、ネット検索でターゲットを絞り、梅林に行きました。地元の人気店につき、席に着くまで20分ほど待たされました内容は満足でした。

梅林の建屋

天ざる丼

前日に急遽検索、選択した宿でもあり、今回の宿は学生時代以来となるドミトリーです。久しぶりのドミトリーにつき、マナーが悪いお客さん含め恐れていましたが、良い意味で期待を裏切りました。

このドミトリーは越前大野駅からはやや離れた場所に位置する古民家を改装したカフェ兼喫茶店です。海外バックパッカーからすると高級ドミトリーになります。
広い和室を共用スペースとしており、水回り全般きれいです。店員さんも優しく、今後も応援したくなるような方でした。

8人部屋も各ベッドにカーテンがあり、プライバシーが確保されています。ちょっとしたことですが、学生時代にスイスカナダニュージーランドのドミトリーを利用した際はそのようなものはありませんでした。
また、専用の照明とコンセントがあり、真夏でも涼しく、快適です。
就寝22時というのも適切と思います。

www.namecameono.com

その日は疲れていたのもあり、良く眠れました。ドミトリーを意識してアイマスクと耳栓を持参していましたが、不要だったかもしれません。

共用スペースとしての和室

ロビー

ルール

部屋への入口

建物外観

最後にいただきました

時間の都合で朝食は利用しませんでしたが、上々の評判です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

西芳寺(苔寺)訪問

2020年7月25日に訪問しました。今回は家族旅行でGo to Travelを利用して嵐山を訪問した際、2日目の行先として選定しました。神戸からは日帰りで訪問できる場所ですが、せっかくの機会、ホテル「らんざん」に宿泊しました。最上級とは言いませんが、場所は宝厳院至近に位置し、まずまずの宿と言えます。

www.kyoto-ranzan.jp

その年の梅雨は今年以上にしつこく、7月下旬まで連日の雨天に苦しみました。今回の旅では宝厳院竹林の小径、各所土産物売り場などいろいろ訪問しましたが、前日も夕方15時過ぎから大雨が降り始め、予定していたモンキーパーク渡月橋エリアの手漕ぎボートは断念しました。

今回紹介する西芳寺インターネット化が進んだ2020年当時においても往復はがきでの予約が必要で、1ヶ月以上前に往復はがきで連絡を取り合い、時間を決めて訪問しました。園内のMapや沿革は以下のサイトにまとめられていますが、簡単に整理しておきます。

saihoji-kokedera.com

  • 沿革

  奈良時代に聖武天皇の命により行基が法相宗の寺として創建しました。

  室町時代初期には夢窓疎石が中興開山し、臨済宗の寺院として再興しました。

  この際に現在の庭の原型が完成しました。更に足利義満義政がこの庭園を模して

  金閣銀閣を造営したと伝わえられています。

  応仁の乱~戦国時代にかけて、戦乱や川の氾濫で度々荒廃しましたが、

  この頃から苔が繁茂し始め、現在のような苔庭の景観になったのは江戸時代末期と

  言われています。

  庭園の公開は1928年からですが、苔の保護と静謐な参拝環境維持のため、

  1977年から事前申込制を導入、1994年に世界遺産に登録されました

  • 見どころ

  写経体験ができることに加え、120種以上の苔が境内を覆い、緑の絨毯のような

  独特の景観を作り出しています。上段は枯山水庭園、下段は黄金池を中心とした

  池泉回遊式庭園という二段構えの構成が特徴です。

  下段庭園の中心にある黄金池は、朝日ヶ島夕日ヶ島霞島の3つの島が

  浮かびます。

  夢窓疎石の作庭思想を今に伝える禅の庭として知られています。

さて、中を覗いてみましょう。往復はがきの予約証明を提示して入場します。

本堂への路

神社で言うところの手水舎

周囲は豊かな竹林に囲まれています

写経が必須ですので、入場後まずは写経を行います。靴を脱いで本堂の書院に上がります。広い和室に机と椅子が整然と設置され、椅子に座ってその場で購入した筆ペンで写経を行いました。残念ながら時間をかけてもなかなか上手に書くことはできません。とはいえ、非日常を存分に味わうとともに、心を無にすることができました。

写経

本堂庭園も静謐な佇まいでした。

書院の見事な庭園

本堂

写経を終えて、係の案内に従って、庭園に入ります。庭園に向かう路も苔蒸しており、いきなり情感を誘うとともに、期待を抱かせます。

庭園への路

門を潜って、最初の建物は観音堂です。本堂ができるまではこの観音堂を本堂として利用していたようです。

観音堂

石段を下りて池泉回遊式庭園に向かいます。雨の日は滑りやすいので要注意です。石段を下りると別世界、緑の絨毯が迎えてくれます。

手入れされた松

池泉回遊式庭園が見えてきました。ここからが本番です。

楓も美しい

黄金池

黄金池を周回していきます

奥に湖南亭の石垣が見えます

見事な苔の絨毯

苔の絨毯と美しい木立

心を落ち着かせて周回します

一つ一つが芸術作品です

湖南亭の石垣

湖南亭に到着しました。桃山時代に千利休の子である千少庵によって再興された国指定重要文化財の茶室です。豊臣秀吉の命による利休の切腹時に隠れ家として使われた伝説や、岩倉具視の潜伏先として知られています。

湖南亭

朝日ヶ島を正面に周回していきます

周回を続けます

夕日ヶ島も見えてきました

潭北亭が見えてきました。こちらも茶室です。陶芸家である真清水蔵六さんによって再建、寄贈されたとのことです。

潭北亭

周回を続けます

苔の拡大写真

ほぼ一周したところで、開山堂夢窓疎石作庭の日本最古の枯山水庭園に向かいます。山道と階段を登っていきます。指東庵は寺の中興開山である夢窓疎石を祀る山腹の禅堂です。足利義政も修行した大変に歴史ある場所です。

開山堂の指東庵

枯山水庭園

写経から始まり、非日常の世界に浸りきったこの庭園の余韻を残しながら西芳寺を後にしました。

西芳寺入口

苔を主役とした全国的にも極めて珍しい庭園で、写経で心を落ち着かせ、庭園の散策で更に心を無にして幻想的な世界に浸ることができます。拝観料が高く (当時で3000円)、往復はがきでの予約等、事前準備の煩わしさはありますが、これほどまでの体験はなかなかできるものではありません。

因みにここから鈴虫寺までは徒歩10分程度です。若い頃一度訪問していますが、こちらも個性溢れる興味深いお寺です。セットで訪問しても良いかもしれません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

上高地~白沢出合~徳本峠~徳本峠小屋~ジャンクションピーク~霞沢岳~徳本峠~白沢出合~上高地縦走その2

2015年8月8日に実行しました。徳本峠小屋でお世話になったお礼を伝え、前日立ち寄った展望台に立ち寄ります。天気を含め、なかなか良い感じです。モルゲンロートに輝く高山植物、周辺の山容と清々しい気持ちになります (4:39) 。

朝焼けの山並み

登りの登山道

展望台からは階段状の路でコメツガ林に入り、尾根沿いを進みます。前日通った上高地からの路と合流すると、ジグザグの急登が始まります。

日が昇ってきました

所々樹林越しに穂高連峰の山々が望めます。傾斜が小さくなり、平坦地を進むと鬱蒼としたシラビソやコメツガなどの針葉樹に覆われたジャンクションピークに出ます。展望は東側のみです。

左手に崩壊地を見ながら南側に下り、途中から西向きに尾根を下ります。右手に池塘が観られます。

ここからアップダウンが続き、緩やかな尾根道を進みます。斜面を下り、樹林帯を抜けるとお花畑に出ます。ニッコウキスゲ、ハクサンフウロなどが観られます。緩やかな登りでダケカンバの林に入り、尾根の右斜面を進んで行きます。

今では登山路の写真を撮りますが、当時は山頂その他、特徴的なところしか写真を撮っておりません。ちょっと後悔しています。

足元が不安定な場所もありますが、やがて森林限界を超え、笹の斜面を登りきるとK1ピークです。六百山、奥には穂高連峰など素晴らしい眺望です。まずは焼岳から。

焼岳

K1からハイマツと岩の稜線を進みます。起伏が激しくなりますが、K2を越え、穂高連峰を望みながらの快適な稜線歩きです。

上高地の山荘群、穂高連峰、笠ヶ岳

前穂高岳~奥穂高岳~西穂高岳

かなり奥には八ヶ岳が見えます

右側が中央アルプス、左側が南アルプス

登りは続く

霞沢岳山頂と中央アルプスと南アルプス

双六岳と梓川

奥穂高岳と西穂高岳、奥には笠ヶ岳

ハイマツ帯と焼岳

霞沢岳はもうすぐ

南アルプスと八ヶ岳

ハイマツ帯を登る

景色を楽しみながら歩いていると、あっという間に霞沢岳に到着しました (6:15)。

霞沢岳山頂標識

眺望は更に良くなり、上高地西穂高岳奥穂高岳焼岳乗鞍岳など360°の大展望です。ここで山小屋で購入した弁当を食べました。

西穂高岳~奥穂高岳~前穂高岳、奥には常念山脈

焼岳、奥には白山

乗鞍岳、奥には御嶽

中央アルプスと南アルプスと八ヶ岳

来た道と奥穂高岳~西穂高岳

焼岳

乗鞍岳と御嶽

もう一度中央アルプスと南アルプス

もう一度西穂高岳~奥穂高岳

笠ヶ岳へ続く峰々

帰りはそのまま往路を辿ります。起伏の激しい稜線は景色は快適ですが、安全上の注意は怠らないように歩きたい。

ハクサンフウロ

K1付近で団体登山客の1人から「〇〇さんに出会ったら▽時▽分時点で無事K1まで到着した、山頂観て戻るからと伝えるように」と依頼がありました。〇〇さんの服装その他の特徴も説明されました。当時の電波事情が分かるような気がします。その後、途中の路で「〇〇さんですか」と問いかけ、無事連絡ができました。今回に限らず、それ以前の登山では時々そのような伝言を受けることがありました。昔あるあるの話です。今は電波範囲が広いのでそのようなことがなくなりました。

徳本峠からの下りでは外国人のパーティーがいました。当時は珍しく感じましたが、今では普通にありますね。

さて無事往路を戻り、上高地まで戻ってきました (10:00) 。前日は雲が多めでしたが、その日は天気に恵まれ、素晴らしい景色でした。売店でビールを購入し、大正池まで往復しました。

西穂高岳と涸沢と梓川

焼岳と梓川

梓川と山荘群

河童橋と西穂高岳と奥穂高岳のアップ

涸沢カールが美しい

屏風の耳と梓川

梓川を振り返る

快適な遊歩道

久しぶりの登山、上高地の喧騒と景色を楽しみ、そのままバスと松本電鉄松本に戻りました。松本市内を物色し、久しぶりに信州そばが食べたくなり、弁天に入りました。特別な人気店ではありません(今はないかも)が、信州の思い出の1ページを飾ってくれました。

信州そば

駅で土産を購入し、翌日から家族でシンガポール旅行に行きました。久しぶりの盆休み、1日も非番を作らず、バタバタで予定を組み込みましたが、今となっては非常に懐かしい想い出です。
北アルプスまで来てのピストンはやや魅力が減じますが、眺望、歴史ある小屋含め、人も比較的少なく、大変魅力溢れるコースです。ある程度体力がある方には大いにお勧めです。

登りを島々谷から入り、下りを上高地にするとピストン区間が減るのでもっと楽しめると思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

上高地~白沢出合~徳本峠~徳本峠小屋~ジャンクションピーク~霞沢岳~徳本峠~白沢出合~上高地縦走その1

2015年8月7日~8日に実行しました。この登山は自分にとって特別な登山でした。その年の7月中旬まで約4年半、中国に赴任しており、その間殆ど帰国もままならず、登山はできておりません。まさにわが祖国に戻った最初の盆休みということで、家族との予定がありつつも確保した日程にて存分に登山を楽しみました。

上高地までは神戸方面からは始発のJR、新幹線で名古屋に行き、名古屋からは特急しなの松本に行き、松本電鉄上高地線新島々に行き、新島々からアルピコ交通のバスにて上高地に行きます。上高地には11時以降の到着になります。新島々上高地のバスは当時は予約不要でしたが、今では予約がベターのようです。

路線バス | 長野のバス・鉄道ならアルピコ交通株式会社

天候により登山の可否、移動スピードが大きく左右される登山を行うにあたり、山小屋、バスと予約必須となる場所が多くなっているのは非常に残念です。

上高地ですが、過去に槍ヶ岳南岳北穂高岳奥穂高岳西穂高岳蝶ヶ岳焼岳など各種縦走で何度もお世話になっていますが、何度訪れても飽きません。清冽な梓川の流れ、明神池の水面に写る山々、整備された登山道などなど大のお気に入りです。

登山届、昼食等を済ませ、上高地インフォメーションセンター前の広場から奥に進み、カラマツ林の広い道を進み、河童橋に向かいます。河童橋からは奥穂高岳が正面に見え、右手に前穂高岳への吊尾根、左手に西穂高岳に向かう稜線が見えます (12:25) 。槍・穂高方面に向かう分岐となる横尾までは整備された広い道が続いています。

河童橋と奥穂高岳周辺

河童橋から奥穂高岳

横尾までは3㎞程度ごとに山小屋があり、休憩にも利用できます。上高地ビジターセンターの前を通り、小梨平キャンプ場に入ります。周辺はシナノキ、サワグルミ、トウヒ、イチイの木が観られる豊かな森で、森林浴にうってつけです (12:35) 。

上高地の呼吸を感じる|小梨平キャンプ場

清冽な水の流れ

猿も迎えてくれます

そのまま進んで行くと突然視界が開け、下白沢の白い砂礫が広がる広場が現れます。明神岳を見上げ、池の畔を通って明神館に到着します。

山荘・旅館・登山基地 | 上高地明神館 | 松本市

初めて訪れた際は参拝や食事も楽しみました。奥には穂高神社奥宮があります。

穂髙神社奥宮 – 上高地公式ウェブサイト

間もなく白沢出合に到着し、徳本峠への分岐が現れます。分岐を右折するとこれまでの喧騒が嘘のように静かな路に変わります (13:20) 。

静かな山行が始まります

1㎞ほど進むと林道が終わり、本格的な登山道になります。徐々に斜度が増し、沢音を聞きながら登っていきます。途中水場もありますが、枯れている時期もあるので麓での給水を推奨します。しばらく歩き、後ろを振り返ると明神岳が現れます (13:59) 。

明神岳

水場を過ぎると笹の生い茂った斜面を九十九折りに登るようになります。左手のなだらかな道を進み、斜面を横切り、徳本峠に向かいます。

間もなく徳本峠

徳本峠からは穂高連峰の岩峰が樹林の上に望まれます。今夜は徳本峠小屋に泊まります。2005年9月に新島々から岩魚留小屋跡(現在再生プロジェクトあり

岩魚留小屋-岩魚留小屋再生プロジェクト-

)を経て登り、泊まったことがあります。岩魚留小屋周辺はベニヒカゲという珍しい蝶の貴重な棲息地になっています。高山植物に囲まれた水場付近に群れを見つけました。そのときは大滝山を経て蝶ヶ岳に行き、長塀山を経て上高地に下山しました。当時からは改修された過ごしやすい小屋になっています (14:22) 。なお、今回は5年ぶりの登山でしたが、ホテルのジムで運動を継続した成果もあり、まずまずのペースになりました。ホッとしました。

徳本峠小屋

徳本峠小屋公式ホームページ - 徳本峠小屋ホームページ

この小屋は大正時代から続く非常に歴史のある小屋です。以前は宿泊者が非常に少ない穴場的な小屋であったようですが、西暦2000年前後から人気が急騰しているようです。2005年に利用した際は廊下で寝られる方もいました。テント場もほぼ隣接しているので、夕食後穂高連峰の山並みをみんなで眺め、それぞれの山への思いを共有しつつ、翌日に備えました。

徳本峠小屋アップ

徳本峠テント場

徳本峠から明神岳1

徳本峠から明神岳2

徳本峠の看板と小屋

夕暮れの明神岳

高山植物も自生しています

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

杠葉尾~登山口~東峰~銚子ヶ口~大峠の頭~銚子~イブネ北端~イブネ~杉峠~甲津畑縦走

2026年5月2日に実行しました。神戸方面から杠葉尾へは始発の阪急大阪梅田駅まで行き、JR近江八幡駅に行き、近江鉄道八日市駅に行き、近江バス永源寺まで行き、最後にちょこっとバス杠葉尾まで行きます。始発時間帯は新快速が無いため、杠葉尾まで4時間要しました。大変な長旅です。

途中近江鉄道がこの3月から決済が電子化されていました。前回訪問時は紙の切符を駅員さんが切っていました。良いことだと思います。

永源寺では昨秋訪問時は門前の店が8時過ぎで開いていましたが、今回は全て閉まっていました。恐らく前回は紅葉シーズンであったことが大きいと思います。ちょこっとバスまで20分少々時間があるので、永源寺の入口まで散策しました。非常に良い天気で登山の楽しみが増幅していきます。

永源寺標識

永源寺せせらぎ

永源寺参道

十六羅漢

永源寺入口

永源寺入口アップ

永源寺川

さてちょこっとバスが来た (8:39) ので乗車し、杠葉尾まで行きます。運転手は途中奥永源寺渓流の里で荷物を降ろしました。このちょこっとバス、地元の物資の輸送も兼ねているようです。学生時代にカナダの旅で利用したグレイハウンドバスも同様でした。

なお奥永源寺渓流の里は地元の食材が多数販売されており、食堂もあるのでバイカーやドライバーに大人気です。

道の駅 奥永源寺渓流の里 ~鈴鹿の自然に抱かれた政所茶と木地師のふるさと奥永源寺~

さて杠葉尾に到着しました (09:09) 。集落内の狭い道を縫うようにして進んで行きました。バス停のすぐそばに春日神社がありました。

春日神社

さて、ここから登山開始です。コース概要は以下です。

登山口までは車道や田圃のあぜ道を進んで行きます。登山口には既に車が数台停められていました。

登山口付近、国道421号

登山口

獣除けの扉を開けて正式に登山開始です。登山口から銚子ヶ口までは標準で2時間30分、急登あり、ロープあり、源流ありとかなりバラエティに富んだコースですが、最後の源流付近のルーティング以外は標識がしっかりしており、迷うことはありません。源流の水は問題なく飲料可と思います。典型的な写真を幾つか紹介します。

最初の急登後の平坦路(良く整備されています)

苔むした路(快適)

イワザクラ

急登

9/15ポスト、1時間で6割進みました

ロープ場所

源流が見え始める

源流(水流大)

主流(この辺りからルーティングに要注意)

12/15ポスト、80分で到着

稜線が近づく

稜線はもうすぐ

ようやく稜線に到着しました (10:38) 。東峰に上がるまでもなく素晴らしい眺望です。

稜線到着

稜線から釈迦が岳

稜線から藤原岳方面

稜線から藤原岳方面2

東峰に登りました (10:42) 。

東峰標識

東峰から釈迦が岳

東峰から釈迦が岳2

東峰から藤原岳方面

程なく銚子ヶ口に到着しました (10:45)。

銚子ヶ口標識

ここからやや分かりにくい路を進んで行きます。ナビに注意して進むべき方向を選択して進んで行きます。途中ミツバツツジがきれいに咲いていました。

ミツバツツジ

しばらく進むと中峰です (10:51) 。何人かのパーティーがランチを楽しんでおられました。

銚子ヶ口中峰標識

ここでよく路に迷う方がおられるようです。ナビに注意して西峰目指して進んで行きます。くれぐれも永源寺渓流の里方面に戻らないように!イブネ方面が見えてきました (10:54) 。

イブネ方面の稜線

西峰に到着しました (11:01)。

西峰標識

西峰も素晴らしい眺望です。

西峰から鈴鹿連山

西峰から御在所岳

西峰からイブネ方面、雨乞岳、東雨乞岳

西峰から琵琶湖

西峰から四日市方面

途中水舟の池への分岐がありましたが、縦走を優先しました (11;05) 。往復40分程度要するようです。

水舟の池分岐

ここから大峠の頭にいきます。窪んだところが大峠になりますが、ピンクテープに騙され、右に降りていかないよう、注意です。

水舟の頭から大峠を見下ろす

大峠から琵琶湖方面

大峠の頭へは急登を繰り返します (11:20)。

大峠の頭への登り

大峠の頭へは初老の男性が単独行で登頂されていました (11:23) 。労いの言葉をかけ、別れましたが、70代で登山口から片道4時間程度の場所に行かれるのは大したものでもありますが、心配な面もあります。元気そうでしたが。

大峠の頭標識

さて、来た道を少し戻ってからイブネを目指します。そのまま行く踏み跡がありますが、コースアウトしますので要注意です。ここからはガレ場と急登が続きます。

イブネと雨乞岳、東雨乞岳

ガレ場、手前にはロープあり

急峻なガレ場

シャクナゲ、今年は開花が遅い

急登、この辺りが一番厳しいかもしれません。

急登の先のピークは深谷山です (11:48)。

深谷山山頂標識

急登は続く

しつこいほどの急登

うんざりするほどの急登

うんざりする程急登が続きましたが、これら急登を登りきると稜線の景色が現れました (12:03) 。

稜線からの景色

稜線から琵琶湖方面

稜線からの景色2

しばし歩くと銚子イブネ北端が見えてきました (12:05) 。

稜線からイブネ北端

遂に到着、この辺りからぽろぽろと単独行の方に遭うようになります。それぞれがこの開放感溢れる雄大な景色に満足され、自分の空間の景色を借景として楽しんでおられました。食事を開始するまでこのエリアの散策を楽しみました。しばし景色をお楽しみ下さい。

銚子方面

銚子

銚子からイブネ北端

イブネ北端への登り

イブネ北端への登り2

イブネ北端への登り3

イブネ北端への登り4

イブネ北端への登り5

イブネ北端標識

イブネ北端では女性2名のパーティーがランチを楽しんでおられました (12:23) 。素晴らしい景色のもと、会話が弾みます。

イブネ北端から銚子方面

イブネへの登り、背後に雨乞岳

御在所岳

イブネの保護地

イブネ山頂標識に到着しました (12:27) 。ここでランチにします。このエリアの苔は柵を設けて保護されています。山の景色を楽しみながら珈琲も楽しみます。

イブネ山頂標識

とにかくホトトギスの鳴き声が喧しかったですが、リズムが美しかったです。苔の絨毯も美しいですが、アセビが繁茂し、鈴鹿連山の景色が素晴らしいスポットです。もう少し広いとパーティーでも楽しめるスポットになります。

アセビ

御在所岳

雨乞岳、東雨乞岳

しばし休憩して出発します (12:48) 。更に進んで行き、景色を楽しみます。

雨乞岳、東雨乞岳

イブネからの下り

イブネから下っていき、再度登ったところが杉峠の頭です (13:04) 。

杉峠の頭

杉峠の頭から雨乞岳、東雨乞岳

杉峠の頭から御在所岳

降りて行ったところが杉峠です (13:11) 。今回のルートでは下りましたが、コクイ谷から登っていくと、結構な負荷になる場所です。

杉峠

これから甲津畑に下山します。15時25分のバスには間に合いそうです。このコース、かなりバラエティーに富んだコースで、史跡や渡渉もあります。

最初はゆったりと降りていきますが、次第に谷が現れ、岩場を進んで行きます。

緩やかな下り

谷傍の岩場

源流が見え始める

しばらく進むと武田信玄が植えたとされる「かいしんの杉」が現れます。

かいしんの杉(逆光)

かいしんの杉 (下から)

その後も谷に沿って歩いていきますが、旧蹟は目白押しです。

一反ぼうそう跡

谷沿いを下る

鉱山跡

古木並木

渡渉が始まります、ただし序の口

佐野育造の碑

旧蹟が幾つか現れましたが、代表的なのは蓮如上人の旧蹟です (13:48) 。

蓮如一夜泊りの竃

蓮如上人旧跡

蓮如上人旧蹟(全景)

ここからの下り、橋の荒廃で迂回や渡渉を繰り返していきます。最初が最大の難所でどの岩を用いるか、その岩は滑らないか、固定は十分か、確認しながら進んで行きました。

橋の荒廃1、ここが最大の難所

水流が激しく、深く、渡渉に気を遣います

苔むした登山路

しばらく歩くと大峠分岐に到着しました (13:59) 。綿向山から御在所岳縦走時、清水の頭手前に立ち寄った場所、真夏で喉の渇きがピークでしんどい思いをした場所への分岐です。今回はそのまま甲津畑に下山します。

大峠分岐

更に旧蹟は続きます。

古屋敷跡

ここも迂回です。

避難小屋

水流が大きくなりました

桜地蔵尊

善住坊のかくれ岩

ようやく登山口に到着しました (14:40) 。

登山口

ここからは車道を進みます。

千種街道分岐

千種街道分岐がありますが、路の整備が悪く、遠回りでも車道をお勧めします。路の終わりにようやく旧所、その他見どころが現れました。

甲津畑関所跡

甲津畑関所跡

甲津畑集落へ

甲津畑集落へ

見事な黒松

間もなくバス停に到着に到着しました (15:07) 。バスの時間は15:25です。服を着替えてバスを待ちます。

甲津畑バス停

八日市へ通じるバス停までちょこっとバスで行きますが、運転手と鈴鹿山系に関していろいろお話を聞きました。
このコース、20㎞を超えるロングトレイルにつき、健脚者向けです。途中迷いやすい箇所が複数あるため、ナビ必携です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

白馬五竜スキー場~小遠見山~大遠見山~五竜山荘~五竜岳~唐松岳頂上山荘~唐松岳~餓鬼山~餓鬼山避難小屋~祖母谷温泉縦走その3

2016年7月30~31日に実行しました。その2からの続きで、リンクは以下になります。

blog.hatena.ne.jp

山荘前から黒部側の斜面に入り、テント場の間を縫うように進みます。ガレの露岩帯は鎖場に注意しながら進んで行きます。とその時、雷鳥及びその雛群と遭遇しました (9:02)。

露岩帯の雷鳥1

露岩帯の雷鳥2

露岩帯の雷鳥3

露岩帯の雷鳥と続く登山道

雷鳥は何度遭っても心を和ませてくれます。南北アルプスを縦走すると2回に1回は雷鳥と遭遇します。今回も当たりの縦走になりました。この岩稜を過ぎると歩きやすい登山道に変わります。
唐松岳から南に張り出した小尾根を越えると左に五竜岳の大きな山容を眺められます (9:26)。

五竜岳の眺望1

五竜岳の眺望2

しばらく進むと稜線から離れ、ダケカンバの灌木帯をジグザグに下って行きます。小さな湿地帯の先には赤茶けた銅鉱石などが散乱した大黒鉱山跡に着きます (10:12)。

大黒鉱山跡の木道

大正時代には銅の採掘が盛んに行われていたようです。鉱山跡からは樹林帯の急登が続きます。途中水流もあります。

急遽現れた水流

稜線に入ると餓鬼山が正面に迫ってきます。

餓鬼山1

餓鬼山2

階段状に整備された急登を登りきると餓鬼山山頂になります (11:23)。標識は倒れていました。山頂からは唐松岳五竜岳が眺められますが、雲が多めではっきり見えませんでした。

餓鬼山山頂標識

唐松岳~五竜岳の稜線1

唐松岳~五竜岳の稜線2

餓鬼山を過ぎるといよいよ急下降、ロープやアルミ製のハシゴも現れます。傾斜が緩んだ樹林帯を進むと餓鬼山避難小屋が現れます (12:03)。良く整備された小屋です。

餓鬼山避難小屋

ところでこのエリアはツキノワグマの爪痕が多く、明確な生息地です。当時は被害は殆ど報告されていませんが、今は要警戒と思います。ただし、2026年5月現在、荒廃に着き登山道が閉鎖されているようです。
深い樹林帯の路を下って祖母谷温泉を目指します。やがて広葉樹が目立つ樹林帯が現れ、餓鬼の田圃と言われるエリアに到着します。樹林に囲われた緑の湿地帯が付近にあるようですが、気づきませんでした。針葉樹林帯を尾根伝いに下り、傾斜が緩くなり、奥鐘山との鞍部である南越に出ます。ここで鋭く右側に折れ、石の急坂の四十八曲がりジグザグに下ります。南越沢に出ると清流に出合うため、水分補給にうってつけです。

南越沢は路が良くなく、左岸をハシゴや鎖を使って下ります。正面に名剣山を眺めて樹林帯を抜け、右側の祖父谷祖母谷合流地点で林道に出ます。ようやく看板が現れました (14:03)。

登山口の看板

鉄橋を渡って祖母谷温泉に到着しました (14:05)。荷物を降ろし、山の汗を洗い流し、洗濯もしました(物干竿を借りました。夏は乾くのが速いです。)。湯舟が非常に広く、独り占めなので湯泳も十分にできます。ビールを注文してしばしのんびりしました。非常に気持ち良かったです。

祖母谷温泉への鉄橋

祖母谷温泉湯舟

祖母谷温泉全景

せっかく流した汗ですが、欅平まで歩きます。途中名剣温泉を通過します。名剣温泉は確か2010年に訪問しました。上品さを重視するなら名剣温泉、野趣を重視するなら祖母谷温泉です。

欅平からトロッコ列車で宇奈月駅に行きます。非常に開放的な車輛です。途中エメラルドグリーンの水面が眺められます。本来は旅行の一大イベントでもあるものですが、何度も登山帰りに利用しているため、深い印象は抱かなくなりました。ただし、途中の駅にも魅力的な場所は多数あるので、時間を見つけて訪問したいと思います。

www.kurotetu.co.jp

トロッコ列車からの景色1

トロッコ列車からの景色2

宇奈月駅からは富山地方鉄道魚津まで行き、居酒屋で軽く食事をしてから帰りました。残念ながら店は覚えていません。このエリアはホタルイカの沖漬が大変美味しいです。当時はスーパー雷鳥金沢までなので、金沢スーパー雷鳥に乗り換えて関西に戻りました。

暮れなずむ魚津駅にて

その1から含めて、今回のコースは技術というよりは体力重視のコースです。その中で五竜岳唐松岳の2峰及び両者を結ぶ稜線を走破しますので、天気に恵まれれば非常に良い眺望を楽しめます。また祖母谷温泉は野趣あふれる温泉で有名です。

祖母谷温泉唐松岳は現在閉鎖されていますが、祖母谷温泉白馬岳を結ぶコースは高山植物に恵まれ、更に、いや、圧倒的に魅力的なコースです。是非トライ下さい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。